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● キッズ・ヒーロー --- 参、正義の味方なマサル ●

参、正義の味方なマサル

 掃除も終わって閑散とした放課後の廊下。特に職員室前の廊下は日光も入ってこない角にあるためすこぶる暗く、窓から見える葉っぱの無い木立を揺らす北風の音は冬の寒さを更に強く感じさせる。
「っていうか、学生服だけじゃ寒いよなあ」
 だからといってボクは、今日お母さんが嬉しそうに勧めてきた黒のストッキングを穿くつもりは絶対にない。ボクにだって一応、男としてなけなしのプライドがあるんだから。
 それに想像してみてよ。そんなに濃い方でもないけどさ、ボクの足にも一応それなりにスネ毛は生えてるんだから…………やっぱり想像しない方がいいや、うん。
 日直の最後の仕事として日誌を届けに来たボク・小玉ひろしだったが、職員室には生憎と担任の先生はいないようだった。
 仕方なく誰もいないデスクの上に日誌を置いて職員室を出ると、廊下の数メートル奥にある校長室のドアが開いて何となく立ち止まる。
「あ、松田先生」
「あ、あら、小玉くん。何か御用だったかし……だったかね」
 そこから出てきたのは担任の松田健作先生で、通称「マツケン」と呼ばれているちょっと乙女チックなおじさんだ。
 肩まで伸ばした真ん中分けさらさらストレートヘアに、服は真冬でも白のふりふりブラウスにパンタロン。
 本人が言うには魂が熱いから冬でもこの格好で寒くないらしいけど、実は時々鳥肌が立っていることをクラスの誰もが知っている。
 踊りが大好きでいつも無駄に教壇の上でサンバを踊っている元気な人なんだけど、何故か今は両のなで肩を更に落とし、うな垂れながらこちらに歩いて来るのだった。
「先生いなかったから、日誌机の上に置いといたよ。……どうかしたの、先生?」
 話している間に二回も大きな溜め息をつき、浮かない表情をしたマツケンにボクは小首を傾げた。
 でもマツケンはすぐにいつもの表情に戻ると、背筋をシャキーンと伸ばしてから笑う。
「いいや、何でもないぞ。日直ご苦労ぞよ」
 いつもは女言葉で喋るくせに、あからさまにおかしいよ先生。しかも無理した挙句、ぞよって何、ぞよって。
 マツケンはぎこちなくボクに向けて手を上げたあと、そのまま職員室の中へ消えていった。
 いつもは普通に歩く時でさえステップを踏んでいるのにわざわざガニ股にして、その後ろ姿はまるでしこでも踏みながら歩いているようだ。
「相撲の練習? ……そんなバカな」
 変は変だけど、マツケンって元々が変だしなあ。
 悩んでも仕方が無いし寒いしで、結局ボクは身体の向きを変えて早足で歩き出した。
 先に下駄箱で待っていた一期と合流し、ボクたちは寒風吹き荒ぶなか今日もいつもと同じように下校する
「……はずだったのに、何故お前がここにいるんだマサル!」
 校門の前で待ち構えていたいかにも怪しい一団を指差すと、ボクはそう大声で怒鳴った。 
 黒服にサングラスをかけた大きなおじさん数人と、その前に腕組みをして仁王立ちしている小さな子供。
 全て毛皮で作られたコートをフードまで深く被り、大きな目でギョロギョロ周囲を見回す様はまるで誤って冬眠から覚めてしまった熊の子のようだった。
「遅かったなひろし。オレ様を凍死させる気か」
「そんなモコモコの暖かそうな格好して何言ってるんだよ。っていうか、勝手に待ってたくせにいばるな」
 相変わらずな突然の登場、偉そうな物言いと身体と反比例したでっかい態度。ボクは嫌な予感が脳裏によぎる中、今度こそは流されてたまるものかと身体を強張らせる。
「まあいい。オレ様はまだ他にも用があるから、お前達はもう一台の車で先に行っていろ」
「だから誰も、お前と一緒に行くとは言ってないだろ」
 大体他の用事って何だ。いくらお前が勉強ができても中学校には入学できないんだからな。そう言おうとして、本当にこの極悪幼稚園児が同級生になったらどうしようと一瞬悪寒が走りぬける。
 不意にマサルが小さな指をパチンと鳴らすと、後ろに控えていた黒スーツ軍団が一斉に動き出してボクと一期に襲い掛かった。
 誘拐だ、人攫いだ、しかも校門の前で堂々と!
 さすがに先生たちもこれに気付いたら止めに来てくれるのではと、黒服のおじさんたちにあっさり横抱きにかかえられながらもボクは期待した。
「ああ高城、この学校の校長には話は通してあるから気兼ねはいらんぞ。父上とここの校長はジッコンのアイダガラだそうだ」
「は、マサル様」
 以前田淵のおじさんの家でも見かけた高城という人がうやうやしく頭を下げる。どうやら黒スーツ軍団の中でこの人が一番偉いようだった。
「っていうかまたなのか、ボクはまた攫われるのか」
 幼稚園児のくせにここまで根回しが行き届いているなんて反則だ。
 ふと視線を巡らすと、校門の前に駐車されていた黒塗りの大きな車の後部座席に自ら乗り込もうとしている一期の姿が。そして座席の奥に見えたあの可憐な姿は……ののかちゃんっ。
 しかしボクはでっかいおじさんに抱えられたまま、一期たちとは別の車へと連れてゆかれて中に放り込まれる。何故か車は、無意味に三台も用意されていたのだ。
「ま、待って。どうしてこうなるんだよ!」
 ボクが黒スーツのおじさん達に必死で抵抗している時に、一期はいつもの無表情で自ら車に乗り込んでいた事とか、一期とののかちゃんが一緒の車なのにボク「だけ」別の車だとかっ。
 突っ込みたいことはいっぱいあるのに、後部座席のロックがかけられた途端にボクを乗せた車は早々に発車してしまう。
「の、ののののかちゃーん!」
 仲良く後部座席に並んで座る二人の後ろ姿を恨めしく見送りながら、ボクは今回も幼稚園児に拉致されて行くのであった。

  *  *

「さあ皆の者、我に続け!」
 勢い良く先頭を切って歩き出したのは、赤い衣装に身を包んだ小さな人影。
「ほ、本当に行くの? やだよボク」
「何を言うか愚か者め。お前は世の為、人の為に働くことが嫌だというのかこの極悪人」
 ボクが極悪人なら、マサルは既に人間ですらないじゃないか。
 そう言い返してやりたかったけど、槍の集中攻撃のように突き刺さる周囲の視線が痛くてボクの声は自然と制限されてしまう。
 あの後ボクらはマサルの家に連れ込まれ、何だかヘンテコな衣装を手渡されて着替えることを強要された。
 ボクは青、一期は黒、ののかちゃんはピンク。つるつるの生地のちょっと厚い全身タイツみたいな衣装で、お揃いのヘルメットまで用意されていた。ヘルメットの前面は鼻と口以外は真っ黒いプラスチックのシールドで覆われていて…………あの、逆に景色が暗く見えて危ないんですけど。
「寒いかなと思ったけど、意外に暖かいねこれ」
「スキューバダイビング用のドライスーツを改良したものだからな」
 そう言いながら姿を現したマサルは真っ赤な衣装とヘルメットを被り、着替え終わったボクたちの目の前で次にこう言った。
「今日からオレ様たちは、正義の味方としての活動を行う!」
 ――――それが、時代劇に飽きた幼稚園児が年齢相応に特撮戦隊モノに夢中になった結果なのだと、ボクはその後の発言内容で思い知らされたのだった。

 中学生にもなってヒーローごっこはいくらなんでもきつい。当然ボクは断ったんだけど、黒スーツの一団の中から高城さんが進み出てきて
「我が天王寺家がプロに依頼して密かに撮らせた、篠原ののか様のあーんな写真やこーんな写真を謝礼としてご用意させていただいております」
 なんて耳元で囁かれちゃったら、何ていうかもう…………ねえ?
 いやいや、ボクは純粋にののかちゃんの写真が欲しいだけだよ。だって秋の体育祭の時も、隠し撮りさえうまくできなかったんだもん。ホントだってば。
 他の二人にも高城さんはそれぞれ交渉していたみたいだから、全員個別に謝礼の品というのを用意していたのかもしれない。
 その後は専属の振り付け師指導による決めポーズの練習をさせられ、早速「活動開始」とばかりに屋敷の外に引きずり出されたんだけど
「猫ちゃんが木の上から降りられなくなってるー」
 通りがかった公園の木の上で動けなくなっている猫を指差して、ののかちゃんピンクが立ち止まる。
「ふむ、じゃあ一番背の高いブラック、お前が行け」
「……らじゃー」
 園児レッドに指令を下され、一期ブラックはのっそのっそと公園に入っていく。程なくして猫を抱えたブラックが戻ってくるとマサルは満足したように頷いた。
「うむ、これで地球の平和は救われた」
「ええっ!」
 って、しかも驚いてるのボクだけだし。一期も、ののかちゃんも器が大きいというのか鈍いというのか。いやいやいや、ののかちゃんはおっとりしている所も可愛いんだから別に構わないんだ、うん。
「じゃあ次行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 移動の主は用意されていたワゴン車だった。全部の窓がスモークになっててそれだけでも怪しいのに、次にボクたちが降ろされたのは繁華街ど真ん中のデパート前である。突然街中でワゴン車から戦隊モノの衣装を着た人間が出てきたら怪しさ大爆発だ。
 でも通行人はみんな目をまん丸にしてど派手な色彩の軍団を見ていた割に、大して騒いでいる様でもない。店側が用意した余興のヒーロー・ショーだとでも思ったのかもしれなかった。日本は平和だよねホント。
「見つけたぞ、次はあれだ」
 人目など気にせずズンズン中に入ってゆくマサルが発見したものはエスカレーターである。登りのエスカレーターの前で二の足を踏み、しかも一緒にいたお母さんと手が離れ自分だけ取り残されてしまったマサルと同い年くらいの男の子だ。
「じゃあピンク、お前の出番だな」
「らじゃー」
 ちなみに、この返事の仕方もばっちり練習されられた効果である。
 ののかちゃんピンクはヘルメットから見える口元だけニコニコさせながら男の子に近付き、優しく手を繋ぐと上まで一緒にエスカレーターに乗ってあげた。
 折り返し隣にある下りエスカレーターで降りてくる時、ピンクの衣装にだけ付けられていた腰元のミニスカートがふわりと動いてボクの心臓もドキンと踊る。
 まあ、ミニスカートって言ってもその下にはボクたちと同じズボン穿いてるわけだけど。んん、こほん。
「ふふ。私初めて人助けしちゃった」
「良かったねえ」
「……良かったな、のの原」
 ああ、ののかちゃんはどんな格好していても可愛いなあ。
「よし、じゃあ順番として今度はお前の番だなブルー」
「へ?」 
 マサルに太ももをぽんと叩かれて、思わずボクは身体をびくりと揺らした。
 でもよく考えてみたら猫を助けたり、エスカレーターで困っている子供を助けたり、「正義の味方」の仕事がこの程度のことならボクだって簡単にできるよ。うん、全然大丈夫。
「と思ったのに、何これ。違わない? ねえ、ボクのだけ今までのと違わない?」
 デパートを出てすぐの歩道の真ん中で、ボクはこれ以上無いくらいに今葛藤している。
「ぐずぐず言わずに早くせんか」
 マサルレッドに膝を突かれて、ボクは震えながら青い手袋をはめた手を伸ばした。その指の先に掴まれているのはボクのなけなしのお小遣い千円だ。
「今日帰りにマンガ買おうと思ってとっておいたのに」
 千円っていったら、毎月のお小遣いの半分の額なんだぞ。簡単に手放せるかーと思っていたら、一期に手をはたかれてあっけなくお金は白い箱に吸い込まれていった。
「あ、あああああああーーーーーー」
「何だ、手がかじかんで動かないのかと思ったが違ったか?」
「ううん……………………何でもないよ、一期くん」
「歳末助け合い運動にご協力、どうもありがとうございまーす」
 この寒いなか屋外で大声を張り上げながら募金活動をしていたお兄さんお姉さんたちが、元気よくボクたちに頭を下げる。
「ボクは、ボクは良いことしたんだ。後悔することなんて何も無いんだ」
 やや呆然としながらも、自分を励ます為にそう呟いてみる。きっとボクの大切な夏目さんは、見も知らずの困った人々のためにいずれ有効活用されることになるのだろう。
 …………うん、これも正義の味方としての務めだからね。はははは、は。

 再びワゴン車に乗り込んで一心地つくと、窓の外はもうすっかり暗い。街中は街灯と商店街のネオンが溢れかえっていたから、さっきまではそんなに暗いとは思わなかったのだ。
「時間も遅いしお腹もすいたし、もう帰ろうよマサル」
「ぬう、仕方が無いな。今日のところはこのくらいにしておくとするか」
 今日のところはって何。まさかこんなあほな事またやらせるつもりなんだろうか。
 でももう心も身体も疲れ果てて、ボクには突っ込む気力さえ残っていなかった。ボクの千円、ボクの千円が……。
「元気ないね、小玉君」
 前の座席にマサルと並んで座っていたののかちゃんが振り向いた。ヘルメットを脱いで癖になった前髪がぴんぴん跳ねてて、それをさり気なく指で直す仕草すら可愛らしい。
 ああ、こんな哀れなボクを心配してくれるんだ。そう感極まってボクは胸を熱くする。
「大丈夫?」
「ののかちゃん……」
「ああ、腹が減ってるんだろ」
「あ、そっかー」
 普段あまり喋らないくせに、どうして一期ってばこうベストタイミングで余計なこと言ってくれるんだろう。本当に親友なのか、本当に。
「元気が無いといえば、マツケン先生大丈夫だったかしら」
「マツケン?」
「うん。あのね、うちのお母さんがPTA役員だったからちょっと聞いたんだけど、マツケン先生の生活態度が教師として相応しくないって苦情が出てるんだってー」
「まあ、いつも踊ってるしな」
「うーん、確かにいつもくねくねしてるしね」
 今日職員室の前で見かけたマツケンの元気の無い姿をボクは思い出す。
 先生は校長室から出てくるところだった。あの暗い雰囲気からして、きっと校長先生に注意を受けた後だったのだろう。
「そういえば決めポーズせっかく練習したのに、今日は使わずじまいだったね。少し残念」
「正義の味方の決めポーズは、四人では様にならんのだ」
 ののかちゃんの言葉にマサルは少し拗ねた様な声で答え、未だヘルメットを被ったまま車窓の向こうの景色を見ていた。まあ、確かに戦隊モノといえば五人が一般的なんだけど。
「一応補欠要員も準備しておいたのに都合が悪くてこられなかった。こんな予定ではなかったのだが」
 誰、補欠って。こんなアホなことに付き合ってくれる人間なんて…………ああ、よく考えたら写真ごときで買収されたボクこそがアホなのか、くあぁぁぁぁっ。
「おい、ひろし」
「何、ボクは今真剣に悩んでるんだから邪魔しないでよ」
「……あーんな写真やこーんな」
「わーーーーー!」
 ののかちゃんの前で危険な発言をし始める園児の口を、ボクは腰を浮かすと慌てて押さえ込んだ。でも勢いが良すぎてマサルのヘルメットに顎をぶつけ、脳内に電流がかっ飛んで一瞬視界が真っ白に弾け飛ぶ。
「おい、車を止めろ!」
 顎を押さえながら悶絶していると、何を思ったか突然マサルは車を止めさせた。急に止まった勢いで今度はおでこを前の座席に勢いよくぶつけ、ボクは声も出ない。
「何を寝ている。最後のシュツドウだ、さっさと起きんか」
「は?」
 弾かれたように飛び出していったマサルに引き摺られるように、ボクたちは一軒のコンビニエンスストアの前に降り立った。
 既に街中は抜けており、そこはボクたちの学校から程近い場所にあるコンビニだ。朝と夕方はよく流行るんだけど、今の時間帯はちょうどお客の波が去ってわずかに人影が見える程度である。
「高城、アレを」
「え、高城さんなんて同じ車に乗ってなかったじゃん」
「は、マサル様ここに」
「えーーー!」
 いつの間にか高城さんがすぐ横に膝まづいていて、大きなトレーの上に色々乗せて差し出してきた。エアガンやらトンファーやら、通常よりちょっと形態も材質も違っているように見えるけれど…………って、え?
「個別に特注で作らせた武器だ。色ごとに分かれているから、自分の物がどれか分かるな」
 赤くてでっかい銃を手にしながら、マサルはヘルメットから出ている口元だけで不敵に笑った。
 一体何をするつもりなんだ。まさかこれでコンビニ強盗でもするつもりなのか。
「ああ、やっぱりボクは少年Aの道は免れることはできなかったのかー!」
「あれ、あそこにいるのマツケン先生?」
「そうだな。店員は……包丁突きつけられているみたいだ」
「は?」
 ののかちゃんと一期の視線を追いかけるようにボクも目を凝らすと、ガラス戸の向こうで床にへたり込んでいるパンタロン姿のマツケンが見えた。
 そしてレジカウンターの前には、目出し帽を被った男が店員に向けて包丁を突きつけているではないか。
「け、けけけけけけ」
「この状況で笑うとは成長したな、ひろし」
「誰が笑っとるかっ。警察だよ、警察。こんなことしてないですぐに一一〇番!」
「警察?」
 慌てるボクにマサルは眉間に深い皺を刻み込み、さも不快そうに声を低めた。
「あたりまえだろ、こういう時は警察をすぐに呼ばなくちゃ」
「警察は極道の天敵だ、簡単に頼るのは男がすたる」
「お前んちが極道だったのはずっと昔の話だろ!」
「オレ様たちは正義の味方なのだ。助けることはあっても、助けられることなど恥と思え」
 そんな無茶な。
 でもマサルは構わず前に踏み出し、一期も、あろうことかののかちゃんまでもがその後ろに従った。
 いくらなんでも無理だ、こういうことは大人に任せよう。と言おうとして一期の腕を取ったボクだったけれど
「ひろしはここで待ってるといい」
 一期の声は別に怒っているわけでも、蔑んでいるわけでもなかった。いつもと同じ調子で言われただけなのに、何故かボクはその一言だけで心臓をぎゅっと握り締められたかのように苦しくなる。
 中学に入学してからマサルに出会うまで、ボクはいじめっ子の田仲たちにいいように使われていた。
 疎遠になった一期の本当の理由も知らず、助けてくれない彼を恨みさえした。
 ボクはまた、逃げるのだろうか。
「……そんなの」
 被っていたヘルメット越しに、両手で思い切り叩いて気合を入れる。
「そんなの嫌だ」
 高城さんが差し出していたトレーの上から青い武器を掴み、ボクも一歩前に踏み出した。
「あう」
 でもやっぱり視線の先に、目出し帽の男が持っている包丁が見えた途端歩みが止まってしまう。
「って、あれ、どうしてボク進んで……って、えーーーー!」
 高城さん配下の黒スーツ軍団が、何と三人がかりでボクの背中を押しているではないか。待って、待ってくれ。やっぱりもう少し心の準備をぉぉぉぉー。
 入り口まであと四メートルというところで、不意に自動ドアのガラスが開いた。
 ボクたちの前に立っていたのは当然あの目出し帽の犯人である。まんまとお金をせしめ、今にも逃げようとしているのだ。
「はっ、そうだ。でもここには高城さんたちが」
 そう思って振り返ると、さっきまでボクの背中を押していた黒スーツの人も高城さんも何故か姿消してるし。そんなバカな!
 四人中何故か一番先頭に押しやられていたブルーのボクは、犯人と思わず視線が合って全身の血の気が一気に引いた。
 まさに心も身体もブルー。いや、そんなアホなこと今考えてもしょうがない。
「邪魔だ、どけ!」
 子供四人なら問題ないと思ったのか、犯人は包丁をぶんぶんと振り回しながら真っ直ぐボクらの方へ向かって来ようとする。
「ぎゃー!」
 言わんこっちゃ無い、だから言ったのに。危ないって言ったのにーっ。
「ひろし、盾を前に出してボタンを押せ!」
「は?」
 無我夢中でボクは手にしていた個別の武器――のはずなのにボクだけ盾だった――を前にかざし、取っ手についていた怪しげな赤いボタンを押す。
 するとものすごい光が爆発のように盾一面に発生し、既に暗くなっていたコンビニの駐車場を照らし出し、ついでに犯人を光で真っ白に染めた。
「うおっ」
 包丁を持っていない方の手で犯人は自分の顔を覆う。
 その時一瞬どこかで破裂音が聞こえたけれど、ボクは盾を犯人に向けているだけで精一杯で何が起こっているのかは分からなかった。
 そこに間髪入れず、マサルが一歩前に進み出る。
「セイバイ!」
 いや、それ時代劇の掛け声だから。
 マサルレッドは躊躇いも無く棒立ちになっている犯人に向けて、構えていたごっつい銃のトリガーを引いた。
 ドゴォォォンと、本当にエアガンなのかと疑いたくなるようなドスの効いた発射音が鳴り響く。
「ぐゎぉぼぁっ!」
 以前マサルが持っていたアルティメットシルバーより、マサルレッドの武器の威力は数倍上のようだった。
 側頭部を正確に打ち抜かれ、何だかよく分からない雄叫びと共に目だし帽の男はまだ開いたままだった自動ドアの向こうへと吹っ飛ぶ。
 何あれ、前と同じゴム弾にしては威力凄過ぎない?
「っていうか、また店の中に戻してどうするんだよ」
 慌ててボクらも店内に駆け込むと、目出し帽の男はレジカウンター前の床にだらしなく伸びていた。
 でも不思議なことに、さっきまでその手に握られていた凶器の包丁が見当たらない。吹っ飛ばされた勢いでどこかへ飛んでいってしまったのかと一応外と店内を見回してみたけれど、見つけることはできなかった。
「あれ?」
 そして駐車場の隅の方に再び姿を現した高城さん達が、街灯の下で優雅に頭を下げているのを見つける。
 ――――ちょっと待って。高城さんが持ってるあの長いやつ……ライフルって言うんじゃないですか? 
 目を凝らしてよく見ると、その後ろに控えていた一人が何故か凶器の包丁をしっかり回収してその手に持っていた。
「何者なんだ、あの人たちは」
 ボクの盾が激しく光った時に聞こえたあの小さな爆発音、あれはもしかして本物のライフルの音だったのか。
 これって銃刀法違反とかいうんぢゃないんですか、日本の法律は一体どうなってるんだー。
「あ、あなた達何やってるの。相手は刃物持ってたの……んだぞ、危ないぞよぞよ!」
 さっきまで腰を抜かして床に座り込んでいたマツケンがのろのろと立ち上がると、しかめ面になってボクたちを見下ろす。変な衣装とヘルメットで素顔を隠していても、さすがに担任の先生にはバレバレだったようだ。
「……ぞよぞよって何だ」
 ここであえて突込みを入れるのか、一期。
 マツケンは学校から帰るついでにコンビニに寄ったらしく、その肩には大きなバッグを抱えて大事そうに握り締めている。何か不自然に大荷物なんだけど、一体何が入っているんだろう。
「うるさいぞ、お前」
 マツケンとボクらの間に割り込むと、マサルレッドは何をとち狂ったか今度は犯人ではなくマツケンにエアガンを構えて睨み上げた。
「あ、あなた……」
「知っているかマツダ。『自分をイツワル者には、何も言う資格は無い』のだ。まあこれは母上の受け売りだが」
 おお、そんなカッコいい言葉ボクも言ってみたい。じゃなくて、もしかしてこの二人知り合い? すると一期がボクの腕を軽く引っ張り、店の奥の方で蹲っている三人のお客さんを指差した。強盗が入ってきた時、マツケンの他にもお客さんはいたらしい。
 ちなみにさっきまで強盗に刃物を突きつけられていた店員のお兄さんは強く殴りつけられたらしく、レジカウンターを挟んで犯人と同じように気絶していた。
「それより早く警察に連絡しないと」
「何、貴様手柄をみすみす天敵に渡すというのか」
「警察は天敵でもないし、このまま犯人をここに置いといても仕方が無いだろ」
 この犯人だっていつ目が覚めるか分からないんだから、さっさと警察に渡して早くこの場を去りたいというのが正直な所だった。
 もう嫌だよこんな野蛮なの。ボクは早く家に帰って晩ごはんを食べるんだから。
「そうだ、本当に目が覚めたらやばいよ。何か縛るものとか無いの?」
「この棚のどこかにあるかもー」
「ああ、そっか」
 と思わずののかちゃんの提案に答えてしまったボクだけど、それっていわゆる万引きにならないだろうか。
 ちらりと覗き見ると、仕方が無いなあといったように溜め息をついた後マツケンは小さく頷いた。
「緊急事態だから借りなさい。もし必要ならわ……ボクが後で代金払っておくから」
「ではピンクとブラックは、あそこで腰を抜かしている奴らを外へ連れてゆくのだ」
「らじゃー」
 ああ、すっかりこの返事の仕方も板についてきたなボクたち。
 ブルーのボクは犯人を縛る紐を捜して日用品のコーナーへ、一期ブラックとののかちゃんピンクは他のお客さんを支えながら出入り口の方へ移動する。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
 しかし商品を物色しているところに突然悲鳴が轟き、驚いてボクは振り向いた。
 入り口の自動ドア前に立ち塞がる新たな人影、犯人は未だ床に転がったままだ。
 お客さんは既にみんな出て行った後で、一期とののかちゃんが面食らったように見つめるのは……またしても目出し帽の人間だったのだ。
「静かにしろー、金出せ金。うるぁ! あん、何だお前ら」
 しかも今回の凶器は金属バットである。確かに凶器ではあるけれど、こんな強盗聞いたことも無いよ。
「……強盗二人目。千客万来」
「いや、確かにこんなに強盗率の高い店は珍しいけど、今はそんなことを批評している場合じゃないってば一期君!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ!」
 気の短い二人目の目出し帽男が金属バットを振りかぶる。
「ののかちゃん!」
 ボクも咄嗟に走り出したけれど、間に合うはずも無い。
 一期はののかちゃんを押しのけると、ブラック専用の武器トンファーで激しい一撃を受け止めた。すごい、さすがこないだまで不良グループのリーダーやってただけはあるよ。
「きゃーきゃーきゃー!」
 ののかちゃんが慌ててマツケンとマサル達のいる方へ駆け寄ると、ぐえっと不気味な鳴き声がした。どうやら床の上で気絶していた犯人を踏みつけたようである。
「きーさーまーらー」
「何だと!」
 気絶していたはずの、始めの犯人がゾンビの様に立ち上がった。しかもマサルの足を掴みあっという間に持ち上げて逆さ吊りにする。
 マサルは怯まずエアガンを構えたけれど、すかさず手が伸びて犯人に先に取り上げられてしまった。何てことだ。
 そのすぐ後ろの方では、一期と金属バットマンが攻防を繰り広げる。攻めて受けて、お互いに本当に火花を散らし、周囲の棚を蹴散らしながら微妙に入り口から移動しつつあった。
 他の店よりはスペース広い店舗だけど、この狭い空間で二人の強盗相手にボクらだけで一体どうしろというんだ。
あっという間に形勢は逆転し、マサルを人質に取られたボクたちはまさに絶体絶命の状態である。
「よう生意気なガキ、お前の首なんか簡単にへし折れるんだぜ」
 でっかい手がマサルレッドの首へと伸びる。ど、どうしよう、ボクの武器は光るだけが能の盾なんだぞ。高城さん達は何をしているんだ、高城さーんっ。
 外に助けを呼びに飛び出そうとしたその瞬間、ボクの目の前に立ち塞がる背中があった。
 カバンから取り出されたそれは大きくしなり、空気を切り裂く様にマサルレッドを掴んだ豪腕を打ちつける。
「その手をお放しなさいっ、子供たちを傷つけるのはこの私が許さないわよ!」
 瞬間、白と黒の布地が宙を舞う。
 頭の上に落ちてきたふりふりブラウスをどかすと、床の上に落ちた黒のパンタロンの先に仁王立ちしていたのは、全身紫の衣装を身に着けたさらさらヘアのおっさん、マツケンだった。
 ――――それにしてもどうやって一瞬で服を脱いだんだろう。
 マツケンパープルは再びムチをしならせるともう一度同じ場所を打ち付ける。
 たまらず犯人は手を放し、マサルレッドは猫のようにくるりと回って優雅に着地した。
「マサルちゃん、言っとくけど私はオカマじゃないわよ。ダンスが大好きでちょっと乙女なだけのダンディー教師なんだから!」
 いや、ダンディーは違うと思う。
「私のカバンからメットを取ってちょうだい、ブルー」
「へ? あ、はい」
 先生のすごい形相に気圧されるように、ボクは慌てて床の上に落ちているカバンを開き顔を覗かせた紫色のヘルメットを取り出す。カバンが妙に膨れていたのは、武器のムチとヘルメットが入っていたからなのか。
 マツケンパープルはヘルメットを受け取り素早く被ると、両手でムチをぱしんと引っ張りながら大声で言った。
「風紀が何よ、PTAが何よ! 私はダンスと教職を愛しているのよっ、授業も疎かにしたことないし、化粧くさいあんた達に文句言われる筋合いはないわぁぁぁぁぁ!」
 ああ、よっぽど釘刺されたんだね、先生。踊りながらだけど、確かに授業はちゃんとやってるとボクも思うよ。すぐに眠くなる数学の授業よりはよっぽど英語の方が面白いもん。
 何か吹っ切れたようにマツケンはムチを縦横無尽に操り、今や武器も人質も持っていない犯人の両頬を殴りつけ、足を叩いて機動力を削ぎ、仕舞いには片足にくるくると巻きつけたかと思うと
「どっせーい!」
 という掛け声と共に壁際へ勢い良く投げつけるのだった。
 頭を強く打ち付けた犯人は再び意識を失い、そのまま床へずるずる滑って動かなくなる。
「きゃあ、永島君!」
 ののかちゃんの小さな悲鳴に振り向くと、火花を上げながら店を半周した一期ブラックと金属バットマンが、飲み物コーナーの前でその均衡を崩すところであった。
 金属バットの重量と威力に押し負けたブラックの足元がふらつき、その一瞬を逃すまいと更にもう一撃が一期ブラックに襲い掛かる。
「一期君!」
 今度はボクの足も何とか間に合った。
 と言っても距離的には三メートルくらいは空いていたけど、盾の光を金属バットマンに照射してその動きを一瞬だけ止める。
 続けてドゴォォォンとマサルレッドの銃が炸裂し、犯人の金属バットが吹っ飛んだ。
 ナイスコンビプレー。いや、何だかそれはそれで悲しいような。
「ブラック、トンファーを逆に持て!」
「ぬ」
 トンファーはグリップを中間点にして、長い柄と短い柄がある。一期は短い方を敵側に向けて構えていたのを、マサルの一声で逆に持ち直した。
 その時にやっとボクは、トンファーのグリップの上にもあからさまに怪しいボタンが左右共に付いていることに気付く。
「押せ!」
 一期ブラックがそのボタンを押した瞬間、トンファーの長い柄が真ん中で割れた。
 いや、分離した先が目にも留まらぬ速さですっ飛び、犯人のお腹にその両方がヒットする。
「ぐほぉぅっ」
 金属バットマンはその衝撃に身体をくの字にし、たまらずその場に膝を着いてうずくまった。
「な、何あれ」
 飛んでいった柄の後ろにはワイヤーがちゃんと付いていて、シュビンッとあっという間に元通りの形に戻る。ご丁寧にも自動巻き取り式のようだ。
「えいえい、悪いことしたらいけないのよ」
 ののかちゃんピンクがそろりと後ろから犯人に近寄り、手にしたピンクのステッキを振り回した。
「危ないよののかちゃん」
 まだ犯人は一期ブラックの必殺技の余波で立ち上がれないでいるけれど、さっきの様にまたいつ形勢逆転されるか分からない。
 しかし止めに入ろうとしたボクの腕を、何故か一期が掴んで引き止めた。何で止めるんだと文句を言おうとしたその時、もの凄い悲鳴が聞こえてきて慌てて振り向く。
「ぎゃぼぼぼぼぼ、だずずずげでぐでぇぇぇ!」
 金属バットマンは床に四つんばいになり、手足を痙攣させながら雄叫びを上げていた。
 ステッキで叩く力こそポクポクと木魚でも叩いているかのような弱いものだったけれど、その先に付いているハートマークの飾りからはバチバチと何やら不吉な音と共に火花が散っている。
「あのステッキは、振ると自動的に先端のスタンガン仕様が発動するようになっているのだ」
 そんな武器ボクらには危険過ぎます。
 自慢げに胸を反らせるマサルレッドとは反対に、ボクは溜め息を付きながら前のめりにうな垂れた。
 マツケンにのされた方の犯人は気絶している間にガムテープで手足をぐるぐるに巻きつけ、まるでミノムシの様な格好で床に転がされている。
 周囲の床には商品が散乱し、金属でできた棚も所々がひしゃげて店内はとんでもない惨状になっていた。
 最後にののかちゃんに止めを刺された金属バットマンは白目を剥き、口から泡を吹いたまま未だ手足をひくつかせているのを見てボクは一抹の不安に駆られる。
「ね、ねえ。死んでないよね」
 しゃがみ込んで目の前で手を振っても、何の反応も示さない。
 そんなボクを鼻で笑うかのようにマサルは進み出ると、チョキにした指をずぼりと金属バットマンの鼻の穴にぶっ挿した。
 もちろん素手ではなく、衣装とお揃いの手袋をしているわけだけど。
「ふ、ふが……ごふぁっ」
 しばらくノーリアクションのままだった犯人が白目のまま不気味な排気音を立て、大きく口が開かれて息を吸う音が聞こえる。
「問題ない、生きている」
「他に確認方法は無いのか……って、抜いた指をボクの服で拭くなーっ」
「細かいやつだな」
「そういう問題か!」
 その後、マツケンパープルと一期ブラックが手際よく金属バットマンもガムテープでぐるぐるに巻き、やっとこれで帰れると一息ついたボクらを振り返ってマサルはおもむろにコブシで手の平を叩いた。
「忘れていた」
「何が?」
 しかしマサルが言葉を続ける前に、今までずっと気絶していた店員のお兄さんが目を覚ましてムクリと起き上がる。
 お兄さんは始め呆然と破壊された店内を見回していたけれど、やがてボクたちの姿に視線を止めると、目を血走らせながら頭を抱え込んだ。
「強盗が増えてるー!」
「正義の味方に向かって強盗とは無礼千万」
 止める間もなく、問答無用でマサルは銃を構えてぶっ放した。
 額に直撃を受けたお兄さんは後ろの壁にぶつかると、そのまま再び失神してしまう。
「何やってんだよ、店員さんは被害者じゃないか」
「問答無用。さあ、順序は逆になったが全員揃ったところでアレだ!」
 アレ? アレってまさか本当にやるの?
 マサルレッドが右手を斜め上に伸ばしてポーズを作った。
「天が呼ぶ、人が呼ぶ。どこかで転んだ馬鹿がいる!」
 雰囲気に流され、ボクたちもつい一列に並んでそれに続く。
「この世に悪がいる限りー」
「……正義の味方は滅びない」
 これ、ボクだけ前台詞無かったんだよね。いいけど、いや、本当にいいけど。
 びしりと銃を正面に構え、マサルレッドが一番初めに名乗りを上げた。
「熱血レッド!」
「あ、青虫ブルー……」
 ――――絶対違うと思う、絶対「青虫」は違うっ。大体、青虫って本当は緑だしー!
「……でくの棒ブラック」 
「桃尻ピンクー。きゃ」
 横向きで身体をくの字にし、お尻を突き出した格好でののかちゃんピンクが恥じらいの声を上げた。
「そして最後に」
 マツケンがムチを両手で引っ張ってぴしりと鳴らせる。
 そう言えばマツケンは一緒に練習してなかったのに、どうしてこの段取りと振り付け知ってるんだろう。
 とにかくすごく気合の入りまくったマツケンは、大声で名乗りを上げる。
「変態パープル!」
 マサル以外の人間の間に、微妙な空気が流れた。
 いいのか、それでいいのかマツケンパープル。確かにマサルが考えたこの台詞は全部何かが違うけど。
「五人揃って、『マサル戦隊ボッチャマン』!」
 もうグループ名については何も考えない。いや、むしろ考えた方が負けだ。
 二人の犯人は伸びてるし、さっき気がついた店員のお兄さんもマサルの弾でまた気絶しちゃったしで、こうしてボクたちが決めポーズをしたところで観客の一人もいるわけでもないんだけど。
「と、とりあえず終わった」
 心の底から深い溜め息を付き、ボクはコンビニの床にへたり込んだ。

  *  *

「……殿、天王寺マサル殿。君たちの勇気ある協力により犯人逮捕に至ったことに感謝の意を表します」
「あ、ありがとうございます」
 子供四人の代表としてボクが進み出て、立派な感謝状を受け取る。
 感動だ、ボクは感動だよ。だって今まで何をやっても並みか並み以下だったから、賞状なんてもらったこと無かったんだもん。帰ったらお母さんに自慢しなきゃ。
 あのあと高城さん達がちゃんと連絡を入れてくれていたらしく、ボクたちがコンビニを後にしたのとすれ違いで警察が到着した。
 でも店内についていた防犯カメラに映像が残っていて、聞き込みの結果ボクたちの素性はばれてしまったらしい。
 まあだからこそこうして警察署で感謝状なんてものをもらっているわけど。えへ。
 でも不思議なことに防犯カメラにマサルのエアガンを使っているシーンは一つも映っていなかったみたいだし、マツケンに至っては全く姿も映っていないらしかった。
「私はいいのよ。それにこんな活動がばれたらまたPTAがうるさそうだし、らーらららー」
 なんて、また踊りながら本人は言っていたけど。
 それでもマツケンはあの一件ですっかり自信を取り戻したらしく、前以上に元気で実を言うとちょっとうっとおしくて皆が困っている。
 警察署を出ると、マサルがいつも乗っているあの黒塗りの車が待ち構えていた。二台あるうちの一方へ今度こそはとののかちゃんと同じ方向へ進んだけれど、マサルに服の袖を引っ張られて泣く泣く別の車へ促される。
「正義の味方とはつまらんもんだな」
 車に乗り込むなり自分の感謝状を座席に放り投げると、マサルは面白くも無さそうに呟いた。
「オレ様の貴重な労力を何だと思っているのだ。こんな紙切れではなく、具体的なものを寄越さんか」
 金か、それは暗に金を要求しているのか。この極悪幼稚園児め。
「防犯カメラの件はご苦労だったな、高城」
「いえ、マサル様」
 助手席に座っていた高城さんが振り返り、小さく頭を下げる。
「何それ?」
 でもマサルはボクの質問には答えず、ふんぞり返りながら短い足を組み返しただけだった。
「それにしても最後まで補欠は顔を出さないままだったな。タイマンだ」
「その補欠がマツケンじゃなかったの?」
 マサルはでっかい目でボクをじいっと見上げ、小さく首を横に振る。
「いや、マツダとは『魔法戦隊マジシャマン』のステージを見に行った時に意気投合してな。そもそもはマツダがマサル戦隊の発案者なのだ。それがお前達を迎えに行った日、いきなり『できない』と言い出しおって」
「はあ?」
 マツケンが子供ショーに通っていたっていうのも驚きだけど、発案者って。
「ああ、でもそうか。だから衣装と武器を持ち歩いてて、振り付けもばっちりだったんだ」
「そういうことだな。どちらにしても正義の味方ごっこはもう飽きた」
 貴様、散々人を振り回しといて言うことはそれだけか。
「小玉様、どうぞこれをお納め下さい」
 しかめ面になっていたボクに、すかさず高城さんが茶色い大きな封筒を差し出した。一瞬何のことか分からなかったけれど、すぐに思い当たって震える手で受け取る。
 つ、ついに手に入れたんだ。ののかちゃんのあーんな写真や、こーんな写真を!
 そっと封筒を開けながら、ついでにボクはマサルに尋ねた。
「ねえ、マツケンが補欠じゃないなら、結局誰が補欠だったわけ?」
「うん?」
 空気が淀んでいると呟きながら、自分のとこだけでいいのに四つの窓全部を運転手に全開にさせたマサルがふと振り向く。
「しずバアだ。その名も『死に損ないホワイト』」
「し死に……」
 それはキツイ、しずバアがあの衣装を着ているのを想像するだけでも息が苦しくなる。ああ、そうだ、こんな時こそののかちゃんの可憐な姿を見て癒されないと。
 いそいそと封筒から写真の束を引き出した、その時だった。
 車は急にカーブに差し掛かり、車内が大きく左に傾く。
「うわっ」
 自然と傾いてきたマサルの頭突きが真っ直ぐボクの右腕に突っ込んできた。ついでに自分の身体も一緒に左に傾いて指の力が緩む。
 車は結構なスピードで走っていたから、当然外の風はかなりのものだ。
「あっ、わぁぁぁ! 止めて、止めてぇぇぇぇぇ!」
「無理だ、これから高速に乗るからな。戦士の休息には遊園地で一暴れに限る」
「そんな休息があるかーーーーっ」
 いや、今はそんなことに突っ込みを入れている場合では無い。ボクの大事な写真たちがマサルの頭突きのせいで車の外へ旅立ってしまったのだ。
「ああ、ああああああーー」
 窓から顔を出し、半泣きになりながら虚しく後方を見やる。
 後続車に乗っている一期とののかちゃんに、飛んでいった写真が見られなかったことだけがボクの救いなのか。
「でも、でもボクの写真が」
 この為だけにあんな恥ずかしい衣装を着て頑張ったのに。
 車はETC専用と書かれた看板の下を通って高速道路へと進んでゆく。もうどうでもいいんだ、しょせんボクの人生なんてこんなものなんだ。はははん。
「どちくしょぉぉぉぉぉ」
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