ママとボク

モクジ
 生まれてきてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。
 包丁が振り下ろされる度に飛び散る真っ赤な血。それはボクの、大事な血。

 ボクはママが大好きです。例えママがボクにご飯を作ってくれなくても、タバコの火を腿や腕の内側に押し付けられても。
 時々ママが優しくボクの頭を撫でてくれただけで、幸せな気持ちになれたんだ。
「ごめんね」
 ふとした時に瞳を潤ませて撫でてくれるママはとても優しい。
 パパはボクが生まれる前に居なくなっちゃったんだって。
 お酒が大好きなママは、酔っ払うといつもボクを怒鳴ったり叩いたりした。
 でもちゃんと次の日になればママは謝ってくれるし、傷の手当もしてくれる。だから小学校の担任の先生が色々聞いてきても、ボクはちゃんとこう答えたんだよ。
「階段から落ちちゃったんです」
 ママがそう言えば大丈夫って教えてくれたんだ。
 でも今日のママは朝からお酒を飲んでいて、学校に行こうとした途端に背負っていたランドセルを掴まれ、ボクは壁に叩きつけられた。
「何であんたが生まれてきたのよ、あんたさえ居なければ。あんたさえ居なければ!」
 お腹を思い切り横から蹴られて息が止まる。
 髪を思い切り引っ張られ、壁にぶつけられると目の前が真っ白になった。
「あんたなんか、あんたなんか!」
 ママは泣きながらボクのことを殴り続ける。前歯が折れて、口の中に血の味がいっぱいに広がった。
 ぼんやりした視界の中で、ボクは思う。
 そうか、ママはボクがいるからいつもお酒を飲むんだね。
 ボクが生まれたせいで、いつも泣いているんだね。
 
 だからボクはママの言うとおりにすることにした。
 だからママ、ボクのことを嫌いにならないで。いい子にするから、言われたとおりにするから。
 包丁の銀色の刃が、部屋の電気に照らされてきらきらと光っていた。それはあっという間に真っ赤に染まり、ボクの服も、手も顔も同じように染められる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 すぐに戻るから、ボクはすぐに戻るから。
「だからママ、嫌いにならないで」
 ボクはママのお腹に頭を乗せる。ぴちゃりと耳やほっぺにママの温かい血が触れて、まるで頭を撫でられているような気がしてとても嬉しかった。
 包丁でママのお腹を切って、ボクはそこに還るよ。
 ママの目からはもう涙は流れない。
 だからママ、もう少しだけ待っていて。
 
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