はじめての、はじめての、はじめての。

 相垣晃<あいがきあきら>。先週十七歳になったばかりの四月二日生まれ。
 見た目は、つんつん眉毛にスポーツがりと、どことなくやんちゃな感じ。
 性格も、見た目のとおり活発的で、部活は野球をやっている。夢は甲子園orプロ野球というほどレベルが高いわけではなく、体育大学に進めればいいなくらいなもの。
 そして、私の幼馴染だ。
「……ま、まけた」
 その彼はというと、私の席の後ろで両手両膝を地面につき、頭をたれている。世に言う土下座だ。
 今日から新学期も始まったばかりだというのに……。クラスメイトたちの一体何があったんだろうという視線を、私は肌にひりひりと感じながら、冷ややかに晃のことを見下ろしていた。
「まさか。この俺が、女に負けてしまうなんて」
「いや、何と言うか。この際女とかどうかあまり関係ないとは思う」
 まあ、確かに彼の言いたいことはわからないでもない。
 そもそも、男子と女子が競うこと自体がおかしな話だが、まあ、そういう学校なのだ。ルールに逆らっても詮無きこと。
 確かに、晃は今まで不敗を誇ってきた。小中高、どの学校でも彼に敵う者は男子も女子も誰一人としてはいなかった。私だって、小学生の頃はまるで敵いはしなかった。そうだ。小学生の時の彼はまさしく無敵といっても過言ではなかったのだ。
 でも、今は違う。
 彼が不敗を誇っていたのは今日までの話だ。
 私と彼が再びあいまみえるとき、その結果は、土下座をして這いつくばっている晃というだけで火を見るよりも明らかというものだろう。
 もっとも、別に勝ったからといって何一つとして嬉しくはないし、競っていた覚えもないし、そもそも私は何もしていない。
「ねえ、晃」
「何だよ、貴子」
「出席番号のことなんかでそんなに騒がないでくれない?」
 私の名前は阿衣貴子<あいたかこ>。阿衣と相垣。あいとあいがき。出席番号は、あいうえお順というルールにのっとる以上、残念ながら私のほうが先だ。
「いやだー。俺は出席番号が一番じゃないと駄目なんだ! それは俺のポリシーなんだ!」
 ……どんなポリシーだよ。
 そりゃ、<あいがき>何て苗字よりも先に来るものなんて、私くらいしかいないだろうけど。小学生の頃は、誕生日順の出席番号だから私よりも彼のほうが先だったし、彼と同じクラスになるのは小学校以来だ。
 しかし、久々に一緒のクラスになった相手に向けての言葉がこれとは。私は少しばかり怒ってもいいんじゃないでしょうか。
「そうだ」
 晃は猿が歩いてたら棒にぶつかったといわんばかりに、ぽんと手を叩く。
 それから、私の両肩を掴み、真剣なまなざしを向けて、
「結婚してくれ、貴子!!」
 ……とんでもないことを言った。
 数瞬、世界は本気で時を止めたと思う。地球だって自転を止めただろうし、月だって公転をやめたはずだ。太陽だって輝くのを忘れたに違いない。
 クラス替えがあったばかりだというのに、きゃーきゃーと黄色い声援が教室を埋め尽くす。
 肝心の私はというと、
「えええと」
 突然の展開についていけていないはずなのに、顔がもう熱くて真っ赤になってしまうのだけはリアルに感じてしまう。
 そりゃ、晃のことは別に、嫌いじゃない。嫌いじゃないからどうだというのだろうか。いや、そもそも今の会話の流れから、一体どうすればこんな展開が待っているというのか。私が聞き逃していただけで、実はそういう流れだったとか。
「俺と一緒の姓になってくれ!」
 困惑の極みにある私に、対し晃はなおも言う。
「いや、貴子と結婚すれば、どちらの苗字になろうとも、俺が一番だ!」
 そして、再び凍り付いた。何というか、騒がしかった教室の雰囲気は一変し、氷の中に咲く花のようにひそやかになってしまった。
 私は、ぽんぽんと、晃の肩を叩き、
「負け犬」
 と、だけ言ってあげた。
 晃は絶叫をあげて、その場に崩れ落ちてしまい、そのまま保健室へと運ばれていった。バックミュージックは何故か昭和枯れススキだった。
「全く、男ってほんとうに馬鹿なんだから」
 それを見送ってから、私は椅子に座り、胸に手をあてる。
 何でだか、どっくん、どっくんとせわしなくなっていた。
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