きらきらの宝物

 縁側から流れこむ生ぬるい風。うるさいほど合唱するセミ達。
 庭の木々の葉擦れと涼やかで透き通った風鈴の音が、わずかばかり熱気を和らげておりました。
「あちー、やってらんないぜ。クーラーもないなんてありえねえって」
 扇風機の前に陣取った、今にもソフトクリームのようにとけそうな顔をした小さな男の子――太陽がそう言いました。
 真っ黒に日焼けした額にはびっしりと汗の玉が浮き出ており、短く刈った髪もぺたりとしおれた花のよう。白のタンクトップは、かまぼこ板みたいな体にピタリと張り付いています。気の強そうな瞳と鼻の絆創膏が、少年の性格を物語っていました。
「クーラーなんかいらん、いらん。風と扇風機があれば十分涼しか。これくらいで暑がるとは最近の子供は忍耐がなかばい。便利さに甘やかされて育っとる証拠たい。ああ、情けなか。シャキッとせんか」
 骨ばった小柄な体の一体どこにそれほど力を蓄えているのでしょう。太陽の祖父、一徹おじいさんは厳しい目つきで彼をたしなめます。髪に白いものが混じり始めているものの、その気迫は衰えるどころか逆に増すというなんとも頼もしいおじいさんです。
「田舎暮らしのじいちゃんと、オレを一緒にしないでよ」
「暑かとに都会も田舎もなか。気がたるんどるけんが、つまらんとたい」
 このままでは延々と言い合いが続きそうです。部屋の隅にちょこんと正座してやり取りを見守っている、小学校三年生になる太陽のお姉さん――向日葵はハラハラさせられっぱなし。そこへ和やかな声が割って入りました。
「まあまあ、太陽もお父さんもそれくらいにして。スイカでも食べない?」
 苦笑しつつ、ちゃぶ台に麦茶とスイカを並べるお母さん。ほっとした向日葵は行儀よく席について、まだふてくされている一つ下の弟を呼びます。ところが太陽はちっとも動こうとしません。
「たいちゃん、食べないの? 冷たくて美味しいよ」
「スイカなんかよりカキ氷が食いたい気分なんだけどー」
 だらしなく語尾を延ばす太陽。向日葵は一雨きそうな空のように、しゅんとした顔をしました。俯いた白い頬に、肩で切り揃えたサラサラの髪がかかって一層悲しそう。
 せっかくよくなりかけていた雰囲気も、あっという間に台無しです。
 とうとう堪えきれなくなったおじいさんの「やぐらしかっ!」という恐ろしい一喝が、その場にいた全員の鼓膜を襲いました。瞬間、一気に部屋の温度が下がった気もします。
「なんが気にくわんとか。文句ばっか言いよって! もうお前はなんも食うなっ」
 そう言い捨てると、おじいさんはドカドカと廊下を踏み鳴らして自室へと引っこんでしまいます。残された三人は気まずい沈黙に誰も動けません。しばらくして、お母さんは太陽の側へいくと困ったように眉根を寄せて訊ねます。
「ねえ太陽。暑いのはわかるけど、それはみんな同じなのよ。お姉ちゃんだって我慢してるでしょう? だから太陽も。ね? カキ氷なら下の駄菓子屋さんで売ってるはずだから、後で行ってらっしゃいな」
「やだよ、面倒くさい。行きはいいけど、帰りはあの長ったらしい坂を上ってこないといけないじゃん。それじゃあカキ氷食べても意味ないだろ?」
 仏頂面の太陽に、お母さんと向日葵は顔を見合わせて大きな溜息をついたのでした。

 お盆も過ぎ、夏休みも残すところあと少し。お父さんの仕事の都合で遅れて帰省した向日葵達でしたが、山のてっぺんと言ってもいい場所柄、太陽は退屈を持て余しているようです。
 周りは自然であふれているのですが、野球やサッカー、テレビゲームばかりしている彼の興味を引くものはあまりないのでしょう。ましてや年の近い子供もいない田舎。太陽が一日で緑に飽きてしまうのも無理のないことかもしれません。かといって、夏休みの宿題に取り組む気はさらさらないようでした。
 一方、とっくに宿題を片付けていた向日葵はというと、大人しく教育テレビを眺めたりお母さんのお手伝いをしたりと、とてもお利口にしています。おじいさんについて小さな畑へ行き、きゅうりやトマトを抱えてくることもありました。
 太陽があまりにも暇そうにしているので向日葵はトランプに誘ってみたりするのですが、面白くないと突っぱねられる始末。どうして機嫌が悪いのかわからない向日葵は、とうとうしょんぼりとしてしまいました。
 実を言えば、これにはもう一つ大きな理由があるのです。
 最近太陽は向日葵と一緒に遊ぶことに対して不快を感じているのでした。とはいえ、お姉さんが嫌いというわけではありません。以前はいつも一緒にいるほど仲のいい姉弟でした。
 原因は太陽の友達が発した一言。
「男のくせに女の子と遊ぶなんてかっこ悪いよな。お兄ちゃんならいいけど、お姉ちゃんだしさ」
 それまでなんとも思っていなかった太陽にとって、これは衝撃的です。途端に自分が恥ずかしくなり、以来、なるべく向日葵の側に行かないようにしているのでした。
 このことを感じ取ったお母さんは、おじいさんに相談をします。すると一徹おじいさんは「オイに考えのあるけん、ちょっと乗ってみんか?」と言いました。

     *

 翌日。おじいさんがずいと突き出したヘンテコな紙切れに、太陽は首を傾げます。
「なにこれ?」
「宝の場所を書いた暗号たい」
「宝? マジで? どんなどんなっ?」
 ケージの中で身動きもせずにぼーっとしていたハムスターを部屋の中に出した時のように、途端に太陽の瞳が生き生きと輝きました。
「それは見つけてのお楽しみたい」
「金貨かな。宝石かな。カッコイイ剣とか、それともそれとも」
 声を弾ませる太陽。けれどおじいさんは「そんなもんじゃなか」と、空想にザバリと水を差します。
「オイが今朝一番に隠してきたもんたい」
「えーなんだよ。つまんねー」
 隣りで話を聞いていた向日葵は「もう、たいちゃんてば」と小声で注意します。
「おじいちゃんがその暗号考えたの?」
「そうばい。さあ、早く二人で行ってこい。日の暮れる前に見つけて帰ってこいよ」
「えーっ。行くのはいいけどさあ、向日葵と一緒はヤだよ。トロいし足手まといじゃん」
「やぐらしかのう。お前一人で行けるもんなら行ってみい。絶対無理けんが。これは二人で協力せんと辿り着けん。グズグズしとらんと、はよ行ってこい」
 有無を言う暇も与えられないまま帽子と水筒を押し付けられ、二人はポイと玄関から放り出されたのでした。

 ひとしきりぶつぶつと文句をこぼした後、太陽は手元に視線を落とします。
 くねくねと曲がった一筆書きの妙な絵と、五本の線。そして黒く塗りつぶした横長の丸が二つ。
 どこかで見たことがあると思った太陽は、うーん、と唸り声を上げますがちっとも思い出せません。
「たいちゃん、あたしにも見せて」
「向日葵が見たってきっとわかんないよ」
 ほら、と投げやりに渡されたことに胸をちくりと痛めつつ、向日葵はその紙に記されたものに目を見開きました。
「楽譜だわ」
「がくふ?」
「ほら、たいちゃんも見たことあるでしょ? あたしが習ってるピアノで使う本。これはト音記号と音符ね」
「ああ、あれかー。どっかで見た気がすると思ったら。それにしたってこれのどこが暗号なんだろ?」
「でもちょっと変なのよね」
 なにが? と素っ気ない太陽に向かって、向日葵はおずおずと「ほら、ここ」と指差します。
「二つ目の音符は『ド』でいいんだけど、最初の『シ』が横にとっても長くなってるじゃない?」
「ほんとだ。黒い丸がびろーんと、のびきってる」
「これになにか秘密があるんじゃないかな」
 二人は口々にシド、シドとつぶやいては一生懸命考えます。
「ゲームのキャラ……なわけないし。うーん」
 次第に煮詰まってきた太陽は「シードー」と唸り、あっと大声を上げます。
「わかった、アニメだ!」
「おじいちゃんはそれ知らないと思うよ」
「ちぇっ、せっかく思いついたのになんだよ」
 途端にムスッとなる太陽に、向日葵は視線を落としてしまいました。けれど太陽はそれに気づくことなく、再び考え始めます。
 腕を組みながら段々諦めの混じった口調で「シィードー」と繰り返し空を見上げる太陽。お日さまの光がまぶしくて、ぱっと目を閉じ顔を背けます。立っているだけなのに、いつの間にか汗をたくさんかいていて余計にやる気がなくなりそうでした。
 そこへなにかを考えついた向日葵の声が上がり、太陽の心を引き戻します。
「そうよ。この『シ』の音符はのびきってるんだから、普通に『シ』って読んじゃいけないんだ」
「だから、『シード』だろ? でも違うって向日葵が言ったんじゃん」
「そうじゃなくて。えっとね、『シー』ってのばして言ってみて」
 怪訝そうにしながらも、太陽は大人しく言われた通りにやってみました。
「シィィィー…………イ?」
「そう! 『イ』って読むのよ、きっと」
「イ、ド。イド。……井戸? そうか、井戸だっ!」
 大声を張り上げ目を輝かせる太陽。そんな表情を向けられたのは久しぶりで、嬉しくなった向日葵は「きっとそうよ」と力強く頷きました。

 庭の隅に、今ではもう使われなくなった古井戸があります。
 二人は元気一杯に靴音を響かせて駆けつけると忙しく目を動かしましたが、それらしいものは見つかりませんでした。けれど代わりに別のものを発見します。
「たいちゃん見て。また紙があるよ」
 向日葵の手からいそいそとそれを引き抜くと、太陽は広げた紙を食い入るように眺めました。その勢いにびっくりしつつ、向日葵も横からそっと覗きこみます。
 おじさんの顔。その隣りに横線。数字の3。その隣りに十字とゾウの絵。十字。トライアングルの絵。横線。『角』という漢字。そして最後に平行した二本の短い横線。
「なんだこれ?」
「また暗号……宝物はここじゃないのね」
「なーんだそっか。でもさっきのだって解いたんだから、これもすぐに解いてやるぜ!」
 へへんと得意げな太陽に、たいちゃん一人でじゃなくあたしも一緒にだけど、と困ったような笑みを浮かべる向日葵。けれどお姉さんらしく、向日葵はだまっていました。
「えっと、おじさんに3、ゾウ。トライアングル……なんだ簡単じゃん」
「え、たいちゃんもうわかったの?」
「向日葵はまだわからないのか? やっぱトロいな」
 太陽はふふん、と見下すように鼻を鳴らすと、もったいぶった口調で答えを語り始めます。
「いいか? この3とゾウでさんぞう……孫悟空の三蔵法師のことだ! だからきっと『三蔵法師のおじさん』ってことだぜ」
 胸を張って断言する太陽に申し訳なく思いながら、向日葵は小さく溜息を吐きました。そして言いにくそうに口を開きます。
「じゃあトライアングルと『角』はどうなるの? それに横線と十字がまだ残ってるわ」
「うっ。うるさいなー、それはこれから考えるんだよ」
 向日葵はふてくされてそっぽを向く太陽の態度に一瞬ズキリと胸を痛めましたが、ふうっと深く息をつくと気持ちをなだめるように奇妙な絵に視線を落とします。そしてあることに気づきました。
「もしかして、これって式なんじゃないかな?」
「式?」
「うん。ほら、横線と十字、それに最後の二つ並んだ線は、引き算たしざんの記号にも見えるでしょ」
「あ、そっか! 算数のなぞなぞになってるんだ」
「だからそれを当てはめると、おじさん引く3、足すゾウ、足すトライアングル引く『角』は……」
「でもさ、ひらがなから数字の3は引けないぜ?」
「トライアングルから『角』もね。『角』って、カドって読むのかな? それともカク?」
 二人はうーん、と黙りこんでしまいます。その側をすっと風が通り抜け、優しい雲が日陰を作って暑さを和らげてくれました。
「そういえばトライアングルって音楽の勉強で触ったことあるけど、変な楽器だよな。三角形だし」
「トライアングル……三角……『角』。わかったわ!」
「え、ほんとか!」
「うん、たいちゃんがヒントをくれたから。あのね、トライアングルの絵はそのまま読むんじゃなくて、その形、つまり『三角』って読むのよ」
「じゃあ三角引く『角』で三ってことか。あれ? まてよ。もしかしておじさん引く3も数字じゃなくて『さん』を引けってことか?」
「そうね。そうすると、おじ、ぞう、さん……」
 二人は顔を見合わせると声を揃えて叫びます。
「お地蔵さんだ!」

 おじいさんの家から少し上った所に、車が4台置けるくらいの小さな空き地があります。木々に囲まれた片隅に、笑みを浮かべたお地蔵さんがひっそりとたたずんでおりました。
 近所の誰かがお供えをしていったのでしょう。落雁やお饅頭、花がそえられています。その中から二つ折りの紙を見つけた太陽は、早速開いてみました。
「また暗号か。今度はひらがながいっぱいだ。『おたおきた……』なんだこれ?」
 さっぱり意味不明な言葉に、太陽は眉を奇妙に歪めます。そこへ息を切らしてようやく追いついた向日葵がやってきました。
「なんだよ向日葵。おっせーな。これくらいでゼーゼー言ってんのか?」
「だって、たいちゃん……すっごく、足、速いんだもん」
 空気を肺に送りこみながら苦しそうに答える向日葵に、太陽は「これだから女ってダメなんだ」と愚痴をこぼします。その冷たい言葉に傷ついた向日葵の肩がピクリと揺れ、表情に暗い影が生まれます。けれど太陽は再び視線を手元に落としてしまったため、その変化に気づきませんでした。
 声に出して何度も暗号を読み上げる太陽。セミの声と風の音、トンビの鳴き声が時折聞こえる以外本当に静かで、その声はよく響きます。
 しばらくして。ずっと黙りこんでいた向日葵がゆっくりと口を開きました。
「……どうして? どうしてたいちゃんは意地悪するの? あたしのこと嫌いになっちゃった?」
 顔を上げた太陽は目をぱちぱちさせて後ろを振り返ります。そして向日葵の頬に光るものを見つけると、ぎょっとして訊ねました。
「な、どうして泣いてるんだよ? オレ別に意地悪とかしてないだろ?」
「してるもん。だって最近ちっとも遊ばなくなったし、あたしの悪口ばっかり言うじゃない。さっきだって……」
「それは……」
 思わず目をそらす太陽に、向日葵は「ほらやっぱり」と涙声で指摘します。
「あたし、たいちゃんに嫌われるようなことしたの? だったら謝るよ。ごめんなさい。だからもう意地悪しないで仲良くして」
 鼻をすすりながら詰め寄る向日葵に、いたたまれなくなった太陽は罪悪感や後悔の混じりあった顔をするとぎゅっと目をつぶりました。
 そしてなにかを吹っ切るように激しく首を振ると、パチリと目を開けてはっきりと言います。
「ううん、向日葵はなにも悪くない。悪いのはオレの方だ。今まで嫌な思い一杯させてゴメンな」
「え……」
「オレってカッコ悪。こんなこともわからないなんてサイテーじゃん」
「……なんのこと?」
「ううん、なんでもない。とにかく、本当にゴメンな」
 涙を拭って「うん」と頷く向日葵を見守っていると、太陽は自分がどれだけ馬鹿なことをしていたか痛感し、恥ずかしくなったのでした。
 気持ちを切り替えるように大きく深呼吸。そして安心させるように一際明るく「なあ、この暗号なんだけどさ」と紙を差し出します。
「全然わかんないんだけど、向日葵どう思う?」
 向日葵は太陽がやっと以前のように接してくれたことにほっとしつつ、紙を受け取りました。そして読み終えた彼女の表情からさっきまでの悲しみは消え去り、入れ替わりに疑問の色が表れます。
「ちっともわからないわ」
 それはヘビとタヌキの絵の間に記されていて、縦から読んでも横から読んでも全く意味がわかりません。

  

「あー、もう。ちっともわっかんねーよ」
 もやもやとした気分を紛らわすように、グシャグシャと頭をかきむしる太陽。その間も根気よくじっくりと読み返していた向日葵は、あることに気づきます。
「これ、縦には読まないみたい」
「え、なんで?」
「だって見て? 二行目の最初に『ん』がきちゃうもの」
「あ、そっか。でも横向きに読んだって、左からでも右からでもやっぱり変だしなー」
「……もしかしたら、この両隣にある絵がヒントなのかな?」
 二人は紙を覗きこみ、うーんうーんと頭を働かせます。
「ヘビとタヌキから連想するもの……干支じゃないし」
「ヘビ、ヘビ……。そういえばヘビってグルグルってなるよな。……ん? 待てよ。もしかして、渦巻き状に読めってことだったりして」
 なーんてな、とおどける太陽でしたが、向日葵は「それよ!」と大きく頷きました。
「マス目があるのは、きっとそのためよ。そうすると、四隅のどこかがスタートになるってことね」
「やった! やるじゃんオレ」
 太陽はよっしゃ、と得意げにガッツポーズを決めると早速試してみましたが、次第に表情が険しくなっていきます。
「どこから読み始めても、やっぱりわかんねーよ」
「おかしいね。違ったのかなあ? でも……うーん」
「先にタヌキの謎を解かなきゃなんないのか。タヌキ、タヌキ……」
 二人はお経のように延々と呟き、そしてはっと顔を見合わせます。
「『た』抜き!」
 途端に元気を取り戻した二人は食い入るように暗号を見つめ、まず『た』を抜いていきました。
「お、お、き、な、く、りの、きのねい、ちばんを……大きな栗の木の根一番を! やった、読める読める。でもあれ? 木の根一番ってなんだ?」
「わかったわ。右上からじゃなくて左上から読むのよ。い、ちばんお、お……」
 一緒に声を出して読み上げる二人の表情は、次第に晴れ晴れとした笑顔になっていきました。
「一番大きな栗の木の根元を掘ってごらん!」
 叫ぶや否や、我先にと駆け出す太陽達。その姿を遠くから見守っていた影が、ふっと口元をほころばせておりました。

 舗装の全くされていない山道は気をつけて歩かないと危険です。むき出しの土や、コケの生えた石。滑らないようにしっかり足を踏みしめながら、二人はデコボコ道を進みました。
 どこまでも立ち並ぶ木々が空をほどよくさえぎりそっと影を落としていましたが、汗はどんどん流れてきます。
 葉擦れや鳥の声以外、自分達の足音と息遣いしか聞こえません。それでも怖いという気持ちはちっともありませんでした。むしろワクワクとした高揚感で一杯。自然と早足になるのです。
 急な登り坂も、張り出す小枝もシマシマの蚊もなんのその。お互い助け合いながら以前おじいさんに連れられた道を辿ってゆくと、とうとう二人は目的地に到着しました。
「あった、あれだ! 向日葵、早く!」
 目の前に小さく開けた平坦な場所が現れます。ゼイゼイと荒い息を繰り返しながら少し後ろを歩いていた向日葵の所へ駆け戻ると、太陽はその手を取って引っ張りました。
 一番大きな栗の木の前に揃って立つと、その存在感に圧倒された二人の唇から溜息がこぼれます。見上げれば首が痛くなるほど背が高く、そしてとても太い幹。話しかければ、前に見た映画のように今にも動き出しそうです。太陽達の家の近くには、これほど立派な木はありません。
「大きいわねー」
「そんなことより早く掘ろうぜ」
 はやる気持ちを抑えきれず、しゃがんだ太陽はそう言いながら素手で土をかき出します。向日葵はためらった後視線をさ迷わせ、手頃な大きさの石を見つけるとそれを手に加勢しました。
 ほどなくして、なにか固い感触が伝わってきます。俄然やる気を出した二人の手により、それはあっという間に姿を現しました。
 両手で抱えられる大きさの缶箱。太陽は乱暴に土を払いのけてゴクリと喉を鳴らし、目で「開けるぞ」と合図を送ります。向日葵がドキドキしながらゆっくり頷くと、太陽はそろそろとふたをはずしました。
 そこにあったのは――。
「なんだこれ」
 ぼそりともれた呟きと一緒に、今まで大きく膨らんでいた期待もヘナヘナと縮んで落ちてしまいました。向日葵はぽかんとしたまま、中のものを取り出します。
「ようかんにおせんべい、おまんじゅう……これだけ?」
 保冷剤と共に入っていたお菓子に、二人はがっくり肩を落とします。もっと凄いものを予想していただけにその失望感は大きく、太陽はばったりと仰向けに倒れ、向日葵は深い溜息を吐き出しました。
「なんだよもう、こんなのあんまりだぜ。ここまで頑張ったのにさあ」
「……もう疲れて歩けないわ。ねえ、せっかくだもん、お腹も空いたしこれ食べて休んでから帰ろう?」
 二人は木を背もたれにしてお菓子を分けあい、黙々と平らげていきます。不思議といつもより美味しく感じられ、疲れ切った体に優しい甘みがしみこむと気分がほっと落ち着いてきました。持ってきた水筒で渇いた喉を潤すと、お腹一杯です。
「でも、ちょっと楽しかったよね」
「うん、そうだな。疲れたけど、なぞなぞが解けた時は最高に嬉しかったし」
「それに仲直りもできたもの」
 向日葵がにこっと笑いかけると、太陽は照れくさそうに水筒の残りをグイと飲み干しました。


 家に着く頃には日も傾きかけ、ひぐらしの合唱がどこからともなく聞こえてきます。足取りこそ重いものの太陽達の表情は明るく、達成感で満ちていました。
 大声でただいま、と告げ玄関に入ると、奥からお母さんがやってきます。
「あらあら、そんなに汗だくになっちゃって。おまけに泥だらけ。蚊にも刺されちゃってまあ」
 くすくすと笑みを浮かべるお母さんは「楽しかった?」と訊ねながら、手をつないでいる二人をお風呂場へと促しました。
 それからしばらくして、出かけていたおじいさんが帰ってきました。満足そうに顎をさするおじいさんの横を風がすり抜けてゆき、軽やかに踊る風鈴が涼やかな音色を奏でます。


 太陽と向日葵が本当の『宝物』に気づくのは、これから何年か後のことになるのでした。
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