ミライ系女子
中身はへなちょこなくせに見た目がちょっとカッコ良くて背も高いから、あの人にはすぐ余計な虫がたかる。
ああほら。ほんの少しあたしがおトイレに行っていただけなのに、もう香水をプンプンさせた化粧お化けが近付いてるじゃない。
どうせあたしという連れがいる限り断るしかないんだから、さっさと追い払っちゃえばいいのに。
通路の壁にもたれて立っていたあの人は、無遠慮に迫ってくる女に苦笑しながら目を泳がす。
綺麗な茶色の目ではあるけれど、どうしてこういつも弱気なのかあたしには腹立たしくて仕方がなかった。
ジーンズを履いた長い脚も、ちょっと猫背気味に俯くその癖も、いい大人のくせに逆ナン女一人捌けないふにゃふにゃしたその態度も。
「何かむかつく」
このままほったらかしにして帰りたいところだけど、そうも行かない事情があるわけで。
だからあたしは盛大な溜め息を付きつつ、二人の方へ歩み寄った。
「ああ、のなるさん」
逃げ場を求めてさ迷っていた茶色い瞳が、あたしの姿を捉えた途端ほっとしたように見開かれる。
ほんっと情けない。どうしてこのあたしが、いつまでもこんな男の面倒をみてやらないといけないのかしら。
でもあからさまに嬉しそうなその表情を見て、つい緩んじゃう自分の口元はもっと許せなかった。
それを隠すためにぎゅっと歯を噛み締めてへの字口にすると、目の前にそびえる長いジーンズの脚目掛けてキックをお見舞いしてやる。
「いたっ、酷いなあのなるさん。何するんですか」
「やだ、なあにこの子」
化粧お化けは目を細めながらあたしのことを見下ろした。近くによると更に臭いわ、ああ気持ち悪い。
長い身体を屈めて足を撫でている彼のジャケットを掴むと、あたしはできる限りの力で引っ張った。
「行くわよ、パパ」
「パ、パパ?」
あたしの顔とパパの顔を見比べながら、化粧お化けはそう言ったきりお魚みたいに口をぱくぱくさせているだけだった。
これくらいで怯むようじゃまだまだね、あんた。
「はい、行きましょうか。では失礼します」
律儀に逆ナン女に頭を下げると、パパはあたしより四倍くらい大きな手であたしの手を掴む。
半年前までは、残った反対側のあたしの手を掴むのはママの綺麗な手だった。
本当のパパはあたしが生まれる前にいなくなっちゃったんだって。それで折角今のパパと結婚したのに、一年も経たない内にママはお星様になってしまった。
ママより十歳年下のパパは二十二歳、そしてあたしは十歳。
ママの家族は他に居なかったから、ママが居なくなった時あたしは自分がこれからどうなるのかを密かに覚悟していた。
でもいつもはへにゃへにゃしていたあのパパが、今と同じようにこうして大きな手を繋ぎながら「大丈夫だよ」って言ってくれたんだ。
あたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるパパ。顔を見上げるよりはずっと距離の近い、この繋いだ大きな手をこっそり見るのがあたしのお気に入り。
「のなるさんはどんどん小雪さんに似てきますね、頼りにしています」
へちゃっとした満面の笑みを向けられて、あたしは何故か急に恥ずかしくなった。
へなちょこのくせに、化粧お化けのナンパ一つかわせないくせに。
「ちょっ、のなるさん。そんな所に引っ付いたら歩きにくいですよ」
「うるさいな。いいの、ここで」
あたしはパパの背中側に回り、ジャケットとシャツの間に頭を隠すようにしてへばり付いた。
何でこんなに恥ずかしいと思ったんだろう。分からないまま熱くなったほっぺをパパの背中に押し付けながら、あたしは言う。
「言っとくけどねパパ、あたしはママの小さい頃の写真よりずっと美少女よ」
未来はきっとママよりあたしの方がずっと美人になるんだから。
だから覚悟しといてよね、パパ。
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