目指すべきは、父親道

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「真人(まひと)、あたし今度の土曜に律ちゃんちに泊まりにいくから」
「のなるさん、何度も言いますがボクのことを名前で呼ぶのは止めてくださいね。ボクは君のお父さんなんですよ」
「はーい、パパ」
 朝食の席でボクがたしなめると、のなるさんは返事をしつつもそっぽを向きながらトーストに勢い良くかぶり付く。
 うーん、本当に分かってくれているのでしょうか。
 最愛の妻である小雪さんが事故で亡くなってから、ボクが彼女の一人娘と二人暮らしを始めて既に二年が経つ。
 小学六年生になったのなるさんはすくすくと成長し、学校の成績も良い上に、最近は不器用なボクを見かねたのか交代でご飯を作ってくれるようになってくれて父親として鼻高々です。
 でも何でしょう。元々少し気が強い面はあったのだけど、最近はそれが更に増しているようで。
 ボクが父親としての威厳が足りないせいなのでしょうか。それともこれが反抗期というものなのか……親心としては複雑です。
「ボクも一度、律ちゃんのご両親にお礼を兼ねてご挨拶に行きましょうか。確かお宅に泊めてもらうのは二度目ですよね」
 前回は確か半年程前だったと思うけれど、あの時は仕事が立て込んでいてお礼の電話一本もできませんでした。
 これではのなるさんの父として面目が立ちません。若い父親とあなどられて娘に恥ずかしい思いをさせない為にも、通すべき筋は通さねば。
 そう心の中で決意しながらコップの牛乳を勢い良く飲み干すと、のなるさんは予想外に顔を引きつらせながら頭をぶんぶんと横に振っています。え、どうして?
「いいよそんなの」
「そんな訳にはいきません。ボクはのなるさんの父親ですし」
「いいって言ってるでしょ、うざいなあもう!」
 そう言い放つとのなるさんは颯爽と食べかけのトーストを片手に立ち上がり、自室の方へ走っていってしまいました。
 時間を置かずランドセルを背負った姿が廊下を走りぬけ、玄関を開け閉めする音が「ガチャン」と家の中にもボクの頭の中にもぐわんぐわんと轟く。
「う、うざい……
 ショックです。はっきり言ってかなりショックです。
 やはり義父は本物の父親にはなれないということでしょうか。ボクはこんなに娘のことを愛しているのに。
 すみません小雪さん、ボクは何て至らない父親なんでしょう……
 食器を洗い桶に浸けると、ボクも早々に仕度をして家を出た。いつもなら駅までの途中の道をのなるさんと一緒に歩くのですが、今日は一人で寂しく出勤です。
「ああ、きっとこんなこと思っているからボクは頼りないんだな」
 口に出すと更に情けないような気がして、思わず溜め息がもれました……

 土曜日。
 のなるさんは昼から律ちゃんと遊ぶ約束があるそうで、元気良く出かけてゆきました。何でも服を買うとかで、しっかりボクからお金をせしめて行きましたが。
 以前はよく二人で買い物に出かけたものだけど、やはり年頃になると父親は友人に勝てないようで少し寂しい気もします。
 夕方になった頃を見計らい、ボクは律ちゃんのお宅に電話をかけることにした。のなるさんにまた文句を言われるかもしれませんが、やはりお礼の一つも言わなければなりませんから。
 受話器の向こうから聞こえてきたのはとても威勢の良い女性の声で、ボクがのなるさんの父であることを名乗ると矢継ぎ早に喋り出しました。
「まあまあまあ、のなるちゃんのお父さんですか初めまして。それとおめでとうございます」
 何のことを言われているのか分からず曖昧な返事を返していると、律ちゃんのお母さんは特に気に留める様子も無く言葉を続けました。
「そうそう、今日うちの子と一緒にちゃんと下着も買いましたからご心配なく。のなるちゃんは成長が早いようですし、次にまた必要になった時には自分で買いに行けるように色々教えてあげましたから」
「え、ええと」
「生理用品もブラジャーもばっちりですよ、お父さん!」
 ボクが思わずむせてしまったのは言うまでもありません。
 そうか、確かにそれではボクは役に立たない。
 小雪さんの両親は既に他界していたし、ボクの両親は十も年上の子持ち女と結婚するなんてとんでもないと勘当されて以来、一度も連絡を取っていませんから。
 つまり、娘にデリケートなサポートをしてやれる存在がいなかったのです。何という不覚。
 ああ、こんな事だからご近所の菱田さんの奥さんにお見合いを勧められたりするんだなぁ、きっと。
 自分の唐変木ぶりには我ながら呆れてしまう。気を回してあげられなくて本当にすみません、のなるさん。
 律ちゃんのお母さんに丁寧にお礼を言って電話を切ると、ボクは一念発起、決意を固めた。
「ボクが小雪さんの分まで頑張らないと!」
 日曜日の昼頃に、のなるさんは大きなカバンに沢山の荷物を詰め込んで帰ってきました。
 ボクは昨日から奮闘して三回目にやっと成功したものを抱え、満を持して娘の名前を呼ぶ。
 キッチンに入ってきたのなるさんは大きな瞳を更に見開き、ボクとそれを見比べてから何故か口をわななかせました。……あれ?
「ま、まままま真人、それどういう意味?」
「お赤飯ですよ、ネットでレシピを調べて頑張りました。それとのなるさん、名前で呼ばないで下さいっていつも……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ソファーからクッションを取り上げるや否やボクに投げつけたのなるさんは、脱兎の如く自室へ走り去って行くではありませんか。
 ……ボクはまた何か失敗してしまったのだろうか。
「それともこのお赤飯が不味そうに見えたのかな。見栄えはあまり良くないけど、一応食べるには問題無いんですよー……と言っても聞こえないか。はぁ」
 立派な父親道へはなかなかに先が長そうです。
 でもこんなことでめげていたら天国の小雪さんに叱られるに決まっています。
「極めるぞ、立派な父親道」
 決意も新たに燦々たる状態に陥ったキッチンを叱られる前に掃除するべく、ボクはいそいそと取り掛かることにするのでした。

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